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プログラム事例

【フィールドワーク事例】「平和の礎」で考える、歴史を未来へどう残し、どう受け継ぐか

こんにちは!合同会社みるぶんの野添です。今回は、弊社の「平和の礎」でのガイドの取り組みをご紹介します。

太平洋戦争・沖縄戦終結50周年を記念して1995年に建てられた「平和の礎」。刻銘板が波のように広がるこの場所は、単に祈りを捧げるだけの慰霊碑ではありません。

沖縄県がどのような想いを込めてこの場所をつくり、そして現代に生きる私たちがこの歴史を「どう未来に受け継いでいくべきか」を問いかける、思考と学びの発信拠点でもあります。

1. 「平和の礎」とは?

太平洋戦争・沖縄戦で亡くなった20万人以上の名前が刻まれている「平和の礎」。ここには、他の一般的な慰霊碑とは大きく異なる重要な特徴があります。

それは、「国籍や軍人・民間人の区別なく、すべての犠牲者の名前が等しく刻まれている」という点です。

軍のトップだった司令官から、生まれたばかりの赤ん坊まで。敵や味方といった立場を超え、一人の「人間」として命の尊さを刻み込む姿勢には、戦争につながるあらゆる行為を拒絶し、恒久平和を願う沖縄県の想いが込められています。

現在でも毎年、新たな名前の追加刻銘が続けられており、継承を象徴する場所として在り続けています。

https://www.pref.okinawa.jp/heiwakichi/jinken/1008269/1008287/1008288/1008289.html

2. 合同会社みるぶんが届ける「平和の礎」フィールドワークのこだわり

弊社のガイドでは、参加者の皆様に刻銘板を見ていただきながら、自ら「気づき、考える」プロセスを何より大切にしています。

① 刻銘板から見えてくる「名前に込められた想い」

実際に刻銘板を見て巡る中で、「なぜこのような刻まれ方なのだろう?」「なぜ沖縄県出身者以外の名前もあるのだろう?」といった素朴な疑問や違和感を探してもらいます。

沖縄戦にとどまらない戦争の歴史や、戦禍による戸籍の消失といった事柄を解説しながら、「誰かの家族として生きていた証」であることを紐解いていきます。

② 「24万人の犠牲」ではなく「一人の人生×24万人」という視点

沖縄戦を語る際、私たちはつい「約24万人が亡くなった」という大きな数字で捉えてしまいがちです。しかし「平和の礎」に立つと、その途方もない数の「名前」が目の前に迫ってきます。

単なる「24万人という一つの数字」ではなく、「一人の人生が、24万人分失われた」という視点に立ち返ること。平和の礎に刻まれた人々の背景を想像し、戦争の本質に向き合うガイドを行います。

3. 「願うだけでは、平和は作れない」―歴史の残し方を問いかける

体験者や証言者が高齢化していく中で、私たちはどのように歴史を継承していけばよいのでしょうか。

「何のために、どういう形で戦争の記憶を残していくのか?」

「もし自分が過去の学びを未来に伝えるとしたら、何を、どう残したいか?」

「平和の礎」という沖縄県による「戦争の継承の形」を目の当たりにしながら、参加者の皆様と一緒に「これからの平和の作り方」を深く議論します。

おわりに:次世代と「これからの平和」を語り合うために

過去に起こった戦争を知識として学ぶだけでなく、自分ならどう行動するかという「主体的な問い」へと落とし込むこと。それこそが、合同会社みるぶんが大切にしているスタディツアーの要素です。

学校での平和学習や企業研修など、それぞれのテーマに応じた対話型のガイドを行なっております。ご興味のある方は、ぜひお気軽にお問い合わせください。

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